AIでイラストレーターが失業するならミュージシャンはとっくに失業していると思う

2022年10月、NovelAIというソフトウェアが話題になりました。クラウド上で操作できるソフトウェアで、シチュエーションと説明文からAIがイラストを作成します。その完成度は高く、イラストレーターが失業するとかイラストレーターというい職業がなくなると騒がれました。NovelAIを運営するアメリカのAnlatan社にとっては、最高のプロモーションになったようですが、個人的には失業するのは一部のイラストレーターだけで、イラストレーターという職業がなくなることはないと思います。

無くならなかったミュージシャンという職業

音楽の分野は比較的早い段階からコンピューターが導入され、自動演奏が行われてきました。特にリズム楽器は正確なビートを刻む必要があるため、人の手よりも機械の方が正確だったのです。1960年代からピコピコという電子音でリズムを刻むリズムボックスが登場し、実際にミュージシャンのレコードでも使われています。ここにはさまざまな歴史があるのですが、1980年にローランドが発売したTR-808は革新的でした。

※TR-808

TR-808はピコピコの電子音ではなく、スネアやハイハットなどのドラムの音が出せました。さらに画期的なのはプログラムすることによって、自由にドラムパターンを入力できることでした。これにより自由なドラムパターンを組み上げ、正確無比なドラム演奏が可能になったのです。TR-808の発売以降、ドラムサウンドはよりリアルになり、ドラムセットで叩く音に近いドラム演奏が可能になりました。ドラマーがいなくてもドラム演奏ができるようになったのです。

コンピューターが飛躍的に進化すると音楽ソフトも著しく進歩を遂げていて、今や楽器が弾けなくても音楽を作成することが可能になりました。今やミュージシャンは必要なく、歌手さえいれば音楽を作ることが可能になっています。歌手さえもボーカロイドなどの音声合成技術の進歩により、いなくても歌を録音することが可能になっています。しかしドラムマシンの登場した後もドラマーという職業はありますし、ドラマーが大量失業したという話も聞きません。現在、ドラムマシンとドラマーは共存しています。

ドラマーが不要にならなくなった理由

ドラムマシンは正確無比のビートを刻みますが、その結果としてビートの揺らぎの重要性がわかってきました。揺らぎとは正確なビートより少し遅れたり少し早かったりすることが繰り返されることで、人がドラムを叩くと全体的に少し早い「前ノリ」や、全体的に少し遅い「後ノリ」になることがほとんどです。これが音楽に大きな印象を与えていることが再認識されました。

ロック音楽史上最高のドラマーを選ぶ際に、ほぼ毎回1位に選ばれるのがジョン・ボーナム(1948-1980)ですが、彼のドラムをコンピューターで解析した試みによると、かなりの揺らぎがあることがわかりました。優れたドラマーとはこの揺らぎの巧みさでもあり、現在の機械では再現できない部分でもあります。観客や演奏の盛り上がりに合わせて叩き方を変えるのは、人間ならではの技術です。ドラムマシンがリアルな音を出し、安価に販売できるようになり普及してもドラマーが職業として存在する理由はここにあります。

ドラムマシンの登場により、仕事を失ったドラマーもいたかもしれません。ドラムマシンと同程度の演奏しかできなければ、安価なドラムマシンを使った方が良いからです。打ち合わせで叩いて欲しいイメージを伝え、実際に叩いたものを聴いて修正をお願いする手間を考えると、最初から自分でプログラムした方が時間もコストも節約できます。ただ正確に叩くだけなら、ドラムマシンの方が良いとなってしまうからです。

イラストレーターも不要にはならない

上記のドラマーと同様に、イラストレーターという職業も無くならないと思います。イラストは情報を伝える手段ですが、単なる情報伝達手段に使うならAIでも十分だと思います。今や小売店のポップや地域の回覧板などにもいらすとやのイラストをよく見かけますが、こういったイラストはAIで代用される時代が来るような気がします。また説明書などで手順を示す文章を補足するためのイラストなども同様だと思います。

その一方でレストランの美味しさ、住宅の快適性、自動車の安全性などを表す広告用のイラストなど、人の感情に訴えるイラストはAIにはまだまだ難しいように思います。単純な情報伝達手段としてのイラストか、人の感情に訴えるイラストかで住み分けができるのではないでしょうか。そうなるとAIが描いても変わらないイラストを専業で描いている人は仕事を失うかもしれません。しかしイラストレーターが仕事を失うとは思えないのです。

職業スキルが選別される時代に

恐らくAIの進出によって変わるのは、職業スキルの選別が厳しくなることだと思います。技術革新は必要なスキルの種類を変えてきました。経理に必要なスキルが算盤だった時代から、電卓の時代に、そしてパソコンスキルが必要な時代へと変わっていきました。家事のスキルにしても水を汲んで洗濯板を使っていた時代は体力が必要でしたが、家電製品に囲まれた現在では時間の使い方の上手さが重要になっています。

そしてAIが産業に深く浸透する時代では、スキルの選別が始まるのではないかと思いました。ドラムマシンと同様に正確なリズムを刻むだけの職業ドラマー(そして大抵の場合はドラムマシンほど正確ではない)や、単に上手な絵を描くだけの職業イラストレーターが淘汰されていき、人の感情に訴える音や絵を提供できる人が重宝されるようになる。そんな気がしています。

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