日本航空123便の陰謀論はなぜ蔓延するのか(後編)/事実誤認と思い込み

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日本航空123便墜落の陰謀論
中には123便には核が搭載されていたなんてトンデモ話もありますが、あまり突飛なものも多いので、よく聞かれる自衛隊のミスで墜落したという陰謀論を紹介します。
123便が事故にあった時、相模湾内で海上自衛隊の護衛艦「まつゆき」が試験航行していました。この時「まつゆき」は誘導ミサイルの演習を行っており、その際に使用していた無人標的機が123便に衝突して垂直尾翼を破壊したと言われています。また「まつゆき」の誘導ミサイルが123便の垂直尾翼を破壊したという説もあるようです。

この無人標的機はオレンジ色に塗られているそうで、123便の墜落現場からオレンジ色の残骸が持ち去られており、これらの証拠を隠滅するために自衛隊が現場を火炎放射器で焼き払ったため遺体が炭化してしまったそうです。123便の乗客が窓から空を写した写真があるのですが、宙に浮く黒い物体が撮影されていて、それが無人機かミサイルではないかと言われています。
123便が横田基地に着陸しなかったのは、無事に着陸すれば自衛隊のミスが発覚するからです。機長は元自衛官だったこともあり、政府からの圧力で横田への着陸を断念したと言われています。こうして日本政府の思惑通りに123便は墜落し、証拠の機体はバラバラになり自衛隊のミスが隠蔽されたのです。この説は経済評論家の森永卓郎氏もたびたび取り上げていて、ラジオやネットで発信しています。
マイケル・アントヌッチ中尉の証言
1995年8月20日、アメリカのカリフォルニア州サクラメントで発行されている日刊紙「サクラメントビー」にアメリカ軍中尉のマイケル・アントヌッチの手記が掲載されました。事故当時、C-130輸送機で沖縄から横田基地への帰投中に、横田管制からの指示で日本航空123便のレーダー消失地点に向かいました。現場の山中で火災を発見して横田に報告し海兵隊の救助ヘリを待ちますが、帰還命令が出たため横田に帰っています。この件は箝口令が敷かれ、その後の自衛隊の救助が翌朝になってしまったため、アントヌッチは自衛隊を手厳しく批判しました。

しかしこの件について、アメリカ軍向けの新聞「星条旗新聞」が在日米軍に確認したところ、そのような記録はないと回答されています。また自衛隊側は、航空自衛隊中部航空方面隊司令官だった松永貞昭氏が「『一般的な支援提供が可能な状態にあり、医療班を集合させヘリコプター1機を待機させている』という連絡が、20時30分頃、入間の指揮所にあっただけ」と言っています。つまりアメリカ側の記録にも自衛隊側にもなんら記録がなく、アントヌッチの証言だけという心細い内容です。この話で気になるのは、軍人時代に箝口令が敷かれた内容を退役したからと言ってペラペラ喋っても罪に問われないのでしょうか?アントヌッチの証言を裏付けるものがない以上、信憑性が低いと考えるべきでしょう。日本航空123便の事故では、この手の怪しげな情報が交錯しています。
事実誤認と思い込み
①墜落場所が14時間も見つからなかった
陰謀論を語る人の多くが、間違った情報を元に話を始めるので前提がおかしいことが多くあります。例えば「墜落してから墜落場所を発見するまで14時間もかかったのはおかしい」と言う人が多くいます。「レーダーがあるのだから、墜落ポイントがわからないなんて故意に隠していたからだ」という主張です。しかし先に書いたように、墜落から1時間40分ちょっとの20:42には航空自衛隊が現場上空に到着しています。これは私も記憶していますが、当日の夜には山の中で燃え上がる様子が生中継されていました。確かに陸からの救助隊は現場に到着するのに墜落から14時間かかりましたが、墜落場所がわからないということはなかったのです。

②証拠隠滅のために現場は立ち入り禁止になった
また現場が立ち入り禁止になったのは、事実を隠蔽したからだという主張も変です。事件現場が立ち入り禁止になるのは当たり前で、どんな事件でも発生直後は規制線が張られて報道関係者は立ち入れなくなります。さらにこの時、救助隊が最も心配したのは二次災害です。険しい山の中に夜間の墜落なので、救助隊が遭難する可能性がありました。そこにメディアの出入りを自由にすれば、乗客の救助ではなく遭難した記者の救助が必要になる可能性があります。立ち入り禁止措置は当然だと思うのですが、禁止されると何かを隠しているという思い込みが陰謀論を生んでいるように思います。
③遺体が火炎放射器で焼かれていた
遺体が炭化していた件にしてもそうです。ジェット燃料とは全く違うガソリンとタールの臭いが充満していたと言っていますが、ジェット燃料とガソリンの臭いがわかる人がどれだけいるでしょうか。またタールは植物の熱分解でも生成されます。木から生成した木タールは、山火事の危険を感じさせるのか、野生動物の忌避剤として使われています。燃え上がった山の中で、タールの臭いがするのはそれほど変だとも思えません。さらに飛行機が燃えた後は、燃料だけでなくシートや客の荷物など、さまざまなものが燃えています。さまざまな臭いがするはずで、遺体が炭化しているというだけの理由で、火炎放射器で証拠隠滅したというのは話が飛躍しすぎています。

④左旋回で海に向かえば助かったのか
海山論争ですが、論争が始まる前には結論が出ていました。自己調査委員会はフライトシミュレーターを使って、ベテランの機長、副機長、機関士の4チームで事故と同じ状況を再現しました。どのチームも生還することはできずに墜落し、最適な解決方法が検討されました。ようやく最適な操縦方法が見つかりますが、海面に無事に着陸できたのは1チームのみでした。

ベテランのチームが自身の命の危険がないフライトシミュレーターでも次々に失敗し、最適解がわかっても3チームが失敗しているのです。日本航空123便が無事に着陸か着水できる可能性は、ほとんどなかったと言えるでしょう。そのため調査委員会はクルーの責任を追求していません。海に向かおうが山に向かおうが、助かる可能性はほとんどなかったのです。
むしろ123便の機長の操縦能力は、多くのパイロットに高く評価されています。油圧系統を全喪失したということは、車に例えるならハンドルもブレーキもクラッチも動かないということです。その状態でエンジン出力をコントロールするだけで、フライトを続けることができたのは高い操縦能力があったからで、それはフライトシミュレーターの実験でも証明されています。
油圧系統が全喪失した状態で右か左か好きに動かせるはずもなく、機長は動かせる範囲で舵を動かし、できるだけのことを行った結果でしょう。それはヴォイスレコーダーの様子からも感じることができます。このように、事実誤認や思い込みによって話がおかしな方向に進んでいる陰謀論が後をたちません。
事故調査委員会を軽んじている
陰謀論を言う方の多くが、事故調査委員会を軽く見すぎています。政府が行った調査だから信用できないと切り捨てる意見が多いのですが、そんな軽いものではないでしょう。それにこの事故では、ボーイング社の機体が事故を起こしたため、アメリカのNTSB(国家運輸委員会)が参加しています。彼らはアメリカ企業のボーイング社が不当に評価されないように監視する役目もありました。

尻もち事故の整備不良が原因とわかっても、事故調査委員会は報告書がまとまるまで公表を控えていました。しかしNTSBの職員は、その情報をリークしました。これは事故原因は整備不良であって、世界中を飛んでいるボーイング社の飛行機に設計上の欠陥があるわけではないと伝えたかったからです。そんなNTSBが自衛隊のミスを隠して、ボーイング社の整備不良だったと認めるはずがないと思います。航空機事故は世界中で起こりますが、事故調査委員会の発表は世界の航空機業界に多大な影響を与えます。それを政府の都合や自衛隊の面子の問題で、簡単に書き換えるなど常識的に不可能でしょう。
自衛隊や米軍のミスなら集団訴訟が起こる
この事件で日本航空やボーイング社は信用を落としました。資料がないので具体的な数字は出せませんが、一時的に株価も大きく下がったはずです。ボーイング社の株主はアメリカに大勢いますし、日本航空の株主もアメリカにいます。もし自衛隊や米軍に責任があるなら、株主はアメリカ政府や日本政府を相手に集団訴訟を起こすでしょう。

陰謀論を主張する人は、政府が行うことには手が出せないと思い込んでいるように思います。典型的なお上(おかみ)主義で、政府の言いなりになるしかないと思い込んでいます。しかしアメリカの株主はそんなことはありません。自社に責任がないのに責任を押し付けられて何もできないような社長は、簡単に株主からクビにされます。ボーイングのような大企業の社長は、大統領や他国の政府にものを申せないような弱腰では勤まらないのです。
ボーイング社や日本航空に責任がないのに責任が押し付けられたのなら、株主らが一斉に訴訟を起こしているでしょう。起こしていない現状を見ると訴訟を起こす理由がなかったのだと思いますし、事故調査委員会の調査報告書が妥当だと判断されたからだと思います。興味本位でこの事故にあれこれ言う人の言葉より、実際に損害を受けた株主が訴えないことが何より雄弁に物語っているのではないでしょうか。
誰が陰謀論を言っているのか
果たして誰が陰謀論を言っているのでしょうか。純粋に陰謀論を信じる人もいますが、多くは陰謀論が好きな人だと思います。事実より陰謀は面白いからです。ただの事故よりも誰かによって故意に引き起こされたという話の方がミステリーになるので、興味をそそられるのです。大抵の陰謀論は、この陰謀論が好きな人達と漫然と陰謀論を信じてしまう人達によって語られます。しかしこの事件は、それ以外に政治的な理由で陰謀論を唱える人がいます。政府与党の責任にするために、自衛隊や米軍が撃墜したと騒いでいるのです。一部の政党は機関紙で陰謀論を何度も唱えていて、その政党のシンパが陰謀論に関する本を出版しています。真実よりも政府に責任を負わせるために、陰謀論と唱えている人がいるのです。これが日本航空123便の陰謀論が語り続けられる原因になっていると思います。
まとめ
陰謀論を見ていくと、その多くが事実誤認から出発していたり、思い込みから事実を歪めている例が多く見られます。これが決定的な証拠だ!と出てくる話の多くには、事実誤認が混じっています。もしかするとグレイゾーンのものもあるのかもしれませんが、私がこれまで聞いた話は事実誤認と思い込みによってできたものでした。そしてその多くが事故調査委員会やNTSBの調査をあまりに軽んじていると思います。彼らが隠蔽を働いているなら、天文学的な金額の訴訟が起こったでしょう。こういったことから、私は調査報告書がこの事件の真相だと考えています。多くの人命が失われた事故ですから、興味本位で陰謀論を語るのはあまり感心できることではないと思います。